物理の原理原則にもとづく移動体:日産GT-R 2013年モデル試乗レポート(1)
2012.11.23日産GT-R 2012年モデルの試乗に引き続き、最新の2013年モデルの試乗会に参加してきました。それに伴い開発チームを率いる水野和敏氏のプレゼンテーションおよびインタビュー、開発チームの方とのお話ができたので、何回かに分けてご紹介します。
特に2012年モデル試乗で色々考えた後で、実際の開発をしている人が何を考え、何をなそうとしているのか、改めてGT-Rの存在価値の稀有さを理解することができました。
・物理の原理原則に基づいた具現化
水野氏の理屈はシンプルです。それは物理の原理原則に従うこと、たったこれだけです。人はこの世界に産み落とされた瞬間から、物理の原理原則との戦いの連続です。羊水に浮かぶ胎児は重力を感じることもなく、上下の概念も、熱い寒いの概念もありません。しかし産み落とされた瞬間から、自分で呼吸をし、この重力の呪縛に抗うことになります。
乳児は最初この重力の呪縛にあらがうことができません。自分で自分の体重を支えることはおろか、頭すら自由に動かすことができないのです。それから数ヶ月たち、ようやく頭を支えることができ、上下の感覚が身に付きます。さらに数ヶ月たち、ようやく四肢を使って移動の自由を得ます。しかしこれはまだ低速のまま。二本の足で立ち、歩行をすることで視点を高く、遠くまで見渡せ、なおかつハイハイよりも高速で移動できるようになります。歩行ができると次は走行です。走ることで、さらに速く移動できます。子供が走りたがるのは、移動できる喜びを噛み締めているからです。そしてスピードを追及するはじまりなのです。
スピード追及と競争は人類の基本的欲求であり本能 #suzuka50th ([の] のまのしわざ)自立すること、歩くこと、スピードを出すこと、実は筋が通っています。だからスピードを出したがる、というのは自然な欲求であり、否定することはできない本質的なものなのです。
そして重力の呪縛は何も自分の身体だけではありません。この世の中に存在する、すべてのものが重力の呪縛にとらわれています。その一つがボール遊び。転がり、投げれば放物線を描くボール。なぜボールが落ちてくるのか、なぜボールが止まってしまうのか。すべては物理の原理原則にのっとっています。
そしてクルマです。
クルマは乳児が自らの力で歩ける、移動の自由を勝ち得たのと同じように、人間にそれまで得られなかった自由の移動を与える道具です。移動距離、移動時間、そして行ける場所を考えたときに現代でクルマほど自由かつ効率のよい移動体はありません。チケットを予約しなくとも、気がむいたときにエンジンをかけて走りだすことができるのです。これを自由と呼ばずしてなんと呼ぶのでしょう。
この自由な移動は人間が生まれて自分で歩く、走ることができた時の喜びに似ています。
それと同時に乳児が重力に抗ったのと同様、クルマも物理の原理原則にのっとり、重力と抗っているのです。
物理の原理原則とは非情です。なぜなら、これは人間の感情や希望、願いをことごとく無視し、すべての物体に等しく作用するからです。速く走りたい、といくら願ってもそれを実現するのはこの物理の原理原則に従った結果としてしか成立しません。「いっけーーー!」と叫ぶと加速するのは、漫画の世界でしかありえず、現実世界では何も起きやしないからです。
スポーツカー、スーパーカーというジャンルであればなおのこと。
物理の原理原則の積み重ねの結果でしか速く走ることができないのです。
日産GT-R 開発主管、水野和敏氏はまずここから発想しました。それがタイヤとアスファルト(路面)の接地。
すべては中学レベルの物理の範囲で説明がつく話ですが、グリップ力とは摩擦係数 x 垂直抗力で求められます。垂直抗力はすなわち重量、質量と重力加速度で求められます。
グリップ力を最大化するための最適な重量を与えること、これを「最適重量化」と呼びます。
クルマが道路の上を走る限り、このグリップ力が性能であり、安全に直接つながります。例えばF1ではこの最適重量をダウンフォースという大きなウィングを中心とした空力デバイスで獲得していますが、日常の法定速度、100km/h以下では空力はほとんど作用しません。
では公道を走る一般車両では何で最適重量を得ればいいのでしょうか。
答えは簡単、重量です。
タイヤに重量をかけるため、これまでFF, FR, MR, RRといった様々なエンジンレイアウトのクルマが生まれました。駆動輪に重量がかけられるのは MR = RR > FF > FR の順番となります。スポーツカーにMRが多いのはこのためですが、MRの弱点はエンジンがセンターにあるためどうしても乗車定員が2名となってしまう点です。
4人のり、しかも荷物を入れるトランクをもたせて、スポーツできるスポーツカー。この要件を満たすパッケージングとしてGT-Rは生まれてました。4輪のグリップを最大に生かすための4輪駆動であり、リア荷重をもたせるため重いトランスミッションをリアに置くトランスアクスルであり、4人乗りのためにホイールベースは2780mmと長く、最後にフロント荷重を作るためにエンジン、3800cc V6ターボを決定したといいます。
1730kgという車両重量はスポーツカーとしては重いものですが、水野氏いわく「必要な重量」とのことで、エンジンはなんでも良かったと。エンジンありき、シャーシありきの部品の寄せ集めで作ったフランケンシュタインではなく、荷物を載せて4人乗車できるという標準的なパッケージ、SUV、セダン、ワゴンにも通用、応用可能な純粋種としてのハイパフォーマンスカー、それがGT-Rだったのです。
世の中のハイパワー車は物理の原理原則を無視し、設計がアンバランスのままなのでフロントとリアのグリップ荷重が理想的ではありません。そのため電子制御といいつつ、単純にパワーをセーブ、ブレーキをかけているものが少なくありません。これで「移動の自由」を、「速く走る喜び」を勝ち取れるのでしょうか、答えは否です。
GT-Rは重量をグリップに変えるために、JRの振り子電車にヒントを得たといいます。振り子電車はそれまで重い上物がロールすることで荷重が減っていたものを逆に荷重に変えることができる仕組み。
純粋な振り子電車の再現であれば、一時研究開発が進んだアクティブサスペンションがそれに当たりますが、GT-Rは普通のサスペンション構造でロールを許すものとなってます。重量物であるトランスミッションをうまくタイヤの接地圧を高めることに使っていることを指しており、どうやらミッションマウントに秘密があるようです。
リアの荷重の次に大事となるのがフロント荷重。トランスアクスルの結果フロント部にミッションがないため配置の自由度は高く、3800cc V6ターボエンジンの重心が前軸の後ろにくるようにマウント。このエンジンの重量をフロント荷重としています。
この結果理想的な前後荷重を得て、良好なハンドリングを達成しています。
スポーツカーでは「軽量化」がマジックワードとして言われ、重いクルマは嫌われがち。これは確かにスリックタイヤなど、荷重関係なくサーキットで超絶グリップする場合は慣性の法則を考えて正しいです。しかしながら一般道のように路面変化が激しく、グリップ力が変化、もしくは乏しい場合は摩擦係数が低く、そうなるとグリップ力は荷重でしか得られません。
GT-Rのようにひとつのタイヤで一般道からサーキット、はては砂漠を横断する砂のういた路面まですべてこなすマルチパフォーマンスカーにとっては、かえってこの重量は好都合なのです。
以前発売していたGT-Rを軽量化したバージョン specVでは逆に加速タイムが落ちているとのこと。現在は specVはラインナップされず、標準車で最大のパフォーマンスが得られるように設計されているのです。
物理の原理原則に従って設計されたGT-R。そして熟成を重ねた最新の2013年モデル、その仕様設計はどうなっているのでしょうか。