そろそろしんどいでしょ。GT-R開発責任者・田村さんと行く、ドイツ・ニュルブルクリンクの旅【２】

2016.06.16

田村さんのイメージどおりに仕上がったという日産GT-R 2017年モデル。その狙いとはどこにあったのでしょうか。

キーワードは「Mature（成熟）」

古くはR34 GT-RにM-specというモデルがありました。このMは成熟を意味するMatureで、「大人のためのGT-R」でした。

そのためダンパーが柔らかくなったりと、羊の皮を被った狼、硬派なGT-Rのイメージとは真逆で一般受けはしなかったようです。たしかに2001年といえばまだまだ尖っていて、タイムを0.1秒でも削ろう、というハードコア方向のほうが受けた時代です。私も当時はエアコンレスの競技車にいろいろなパーツをくっつけて、快適性は無視していました。

ところがようやく時代が追いついてきたようです。

テーマは「17年モデルはもっともっとプレミアムの領域へ」。

プレミアムな領域とは、成熟した大人、つまり感性の世界。タイムが0.1秒速くなったとか、馬力が20馬力アップしたとか、そんなものは大人には関係ありません。むしろ助手席に乗せる同乗者や、ご近所への配慮といったものが求められます。自分だけ楽しい、気持ちいい、というだけでは済まないんです。

大人とは社会性をもつこと。田村さんの言葉で一番印象に残ったのは、

「そろそろ、しんどいでしょ」

このしんどいというのはNVHのこともそうだし、家族やご近所の白い目線のことです。体力もおち、老化していく中で激しい突き上げや騒音といったものは、以前は大丈夫でもだんだんと「しんどく」なってきます。

早朝や深夜、マフラーからボーボー音を立てて車庫入れするのも、いつ

「うるさい、何時だとおもってんのよ！」

というクレームが入るんじゃないかとヒヤヒヤするのもしんどいです。

ニュルブルクリンクのラップタイムを短縮するレーシングの方向性と、社会に溶け込むプレミアムな方向（GT）とは別の軸。そのため、ただいたずらに0-100km/h加速のタイムや、ニュルブルクリンクでのラップタイムは追い求めない、というのが田村さんのメッセージ。

例えばサーキットや高速道路では最高でも、自宅から高速に乗るまでの凸凹道で突き上げが酷いとつらかったり、サーキットにいく朝にボーボー音をたてて煙たがられてはいられないでしょう、と。だからCOMFORTモードでは乗り心地面での改善や、チタンマフラーは3000回転までバルブを閉じて音を抑えたりといった配慮がなされています。

そうしないとドライブデートいったときに助手席の女の子に嫌われちゃいますしね。結局ハードコアな車は一時はいいんですけど、独りよがりでは長続きしません。

その配慮の究極の選択がいわゆるファミリーカー、妥協の産物で最近ではミニバンなわけです。奥様の要望に従い、子供にチャイルドシートにベビーカーなどを詰める広大な空間を兼ね備えた5ドア。

その点、GT-Rはピュアなスポーツカーとは一線を画すパッケージング。簡単にいうとクーペなので大人が4人乗れて、トランクには荷物がたくさん入ります。例えばこれが2シーターミッドシップのスポーツカーとなると旅行にすら行くのが困難、もちろん雨や雪道といったところは想定外です。しかしこれがGT-Rなら1台でこなせるのです。

だから、ちょっとだけ音がさわがしくって、燃費が悪いだけのファミリーカーユースも可能。後席にチャイルドシートをつけて、ベビーカーをトランクに入れて買物だっていけますよ。乗り心地だって悪くありません。なら、まあ、いっか、と納得してくれる奥様だっていることでしょう。

しかもオートマ。

駅までの送迎でAT限定免許の奥様が運転することだって可能です。

世の中見渡してみるとこの10年でずいぶんと趣はかわり、ポルシェやフェラーリ、マクラーレンにランボルギーニという名立たるスポーツカーもGT-R同様すっかりオートマ化が進みました。結局田村さんが 2001年のGT-Rコンセプトで予見したとおり、スポーツカーこそパドルシフトとなったのです。これが成熟であり、大人であり、社会性なのです。