FRの苦悩と憂鬱(1)FRとドリフト
2014.08.18自動車の趨勢は長くフロントエンジン、リア駆動のFR中心でした。
その理由はエンジン、トランスミッション、デファレンシャルギアが大きく重く、一カ所にまとめることができなかったためです。
FFの台頭
一方でフロントエンジン、フロント駆動のFFの歴史は古く、世界初の蒸気機関自動車として18世紀、フランスで発明されています。これはダイムラーがガソリンエンジン自動車を発明する100年以上も前の話。もっともハンドルが重いというFFの特徴はこの時代でもそうで、初走行で曲がりきれずに世界初の自動車事故を同時に起こす、という不名誉な記録も持っています。
ガソリン自動車としてはフランス、シトロエン・トラクシオン・アヴァンで、FR同様エンジンが縦置きでありトランスミッションとデファレンシャルをフロントに収めていました。
実質的にFFが世界的に認められたのはMINIの登場からと言われています。MINIは車体を小さくすること、小排気量エンジンを横置きしてトランスミッションの上に乗せることでコンパクト化することに成功しました。
FRの苦悩
MINIでFFが一般的となってからもFRがすぐに消えたわけではありません。20世紀はそのままFRの歴史といっていいでしょう。しかし強大なライバル、FFが出てきてからFRは苦悩をはじめます。
MINIのように小型の車体をFRにしようとしても、エンジンは縦置きでボンネットは長く、プロペラシャフトは室内を通り足下空間を圧迫します。同じ重量、車体サイズ、排気量であればどうしても空間効率でFRはFFに敵いません。
さらにトラクションの面でもそうです。小型軽量のFRはリアが軽く、駆動するリアに荷重がかからないので、砂利道や雪道で不利です。特にまだ未舗装路が多かった時代にこれは明確はビハインドでした。
一方FFのMINIは雪のモンテカルロラリーをポルシェを抑え何度も制覇しているように、トラクション能力が優れていることが実証されています。このFFのトラクション能力を越えるのはアウディクワトロの4WDを待たなければなりません。
FRがFFと同様の空間を確保しようとすると、ホイールベースを伸ばす、横幅を広くする、トランクを拡大するなど車体サイズを大きくするしかありません。ところが同時に重くなり、同じエンジン出力では加速力、そして燃費が悪くなってしまいます。そりゃそうですね、大きくて重いんですから。
仕方なく排気量を大きくする、ターボで過給してパワーを稼ぐことになります。これが1980年代FR車のたどった道です。
ところがこれは何れにしてもフロントが重くなることであり、重量配分がよくありません。せっかくのパワーはトラクションには活かしきれず、雨や雪道ではやはり不利なまま。
未だに人気のあるハチロク、AE86は同時に同じエンジンを搭載するFFのAE82がありました。カローラFXという名前で出ていたものですが、一緒に走らせてみるとFFのカローラFXの方が速かったのです。これはラリーやダートトライアル、ジムカーナなどのモータースポーツで顕著でした。ようはAE86では勝てない、という現実です。
FRの活路はドリフト
しかしAE86の人気はとどまるところを知りません。それが「ドリフト」でした。ちょうどドリキン土屋圭市が有名になってきた頃です。峠という峠はハチロク、RX-7、スカイラインで埋め尽くされていました。この中でもっともリーズナブルで楽しい、と言われたのがハチロクです。なにせ当時170万円くらいで購入できたのですから。RX-7やスカイラインでは250万円くらいでしたから、その安さは魅力的でした。
ドリフトができるマシン、それがハチロク。
峠での人気が沸騰するなか、1987年ハチロクは生産終了します。それまでAE86、AE82とFRとFFの2本立てだったのをFF一本のAE92へとバトンタッチしたためです。
FFじゃドリフトできない
当たり前のことですが、FFではこれまで楽しんでいたドリフトができません。むしろ当時のFFは今とは異なり忌み嫌われていたといってもいいでしょう、アンダーがでる、運転していてもつまらない、など。
そのためAE86は中古市場で倍の値段をつけるほどの人気車となってしまいました。これが第一次ハチロク中古車ブームです。
ハチロクブーム
ハチロクの後、その座を取って代わったのが日産シルビア・180SXです。ターボエンジンでハイパワー、適度な車体で高速化するドリフトの主力マシンとなりました。高騰したハチロクの中古車市場も落ち着いてきたと思われていましたが、とんでもないブームが次にきます。それがイニシャルDブームです。
神懸かり的なドリフトテクニックで格上のマシンをばったばったとなぎ倒す、まさに日本人が好む典型的な展開で、ハチロクブームが再燃します。これが1990年代後半から2000年代まで続くことになります。
よいFRはドリフトしにくい
よいクルマにしようとすると、慣性モーメントを小さくするために重量物はなるべく中心に寄せることがよいとされますし、FRでいえばトラクションを稼ぐために重量バランスをなるべくリアに寄せて理想的には50:50がいいとされています。
ところがドリフトでは当初トラクションよりもドリフトアングルを深くできるか、どれだけ維持できるか、が重要でありそのためにはある程度慣性モーメントが必要、重量物が適度にばらけている方がよいのです。
具体的にはマスが集中しているS2000やロードスターといったスポーツFRよりも、ER34スカイラインやマークIIなど、でかくてリアトランクが大きいものです。世の中の趨勢はよいクルマを作ろうという方向ですが、ドリフトに向いているのは旧世代の設計だったのです。
2000年代 ドリフト競技、D1グランプリがエスカレートすると、よりハイスピード方向となりトラクションも重視されはじめます。つまり横を向きながら進む、という性能です。エンジンパワーも600馬力は当たり前、ボディからサスペンションまで作り込みまさにレースカーという様相を呈します。こうなってくるともはや市販車とは完全に別物、FRの進化とドリフトの進化が完全に分岐・分裂してしまいました。
(続く)