S2000オーナーのビート試乗記。震えるぞハート、燃え尽きるほどビート!
2015.07.02ホンダS660を再評価するにあたり、様々なミッドシップ、オープンカーに試乗しています。しかし何か大切なものが抜けています、そう、それはホンダ・ビート。直接的な先祖にあたるビートなくしてはS660を評価できないのではないか、ということで友人にお願いして貴重なビートを借りて試乗させてもらいました。ありがたいことです。
さて20余年を経て蘇るビートの記憶、果たして今もその走りは健在なのでしょうか。
ホンダ・ビートの記憶
ホンダ・ビートがデビューしたてのとき、つまり1990年頃。雑誌社の取材のお手伝いで広報車を富士山麓に運ぶという仕事をしたことがあります。夜9時すぎに調布駅付近で受け取り、朝7時に談合坂SAへ持って行くというアルバイト。この間の10時間は自由にしていいよ、ということでその辺を走った記憶があります。高速道は当時軽自動車は80km/h制限、制限速度を守っていても騒がしいエンジン音は脳天直撃、初めて体験するオープンカーの爽快感とあいまって魅了されました。
次の記憶といえば、1995年頃、友人が突然ビートに乗り換えたこと。寮仲間ということもあり、飲み会、いわゆる家飲みをやった勢いで合鍵を奪い取り、何かあったら貸してもらえる(乗り回す)こととなりました。実際にはその友人が飲んだくれて終電なくして、関内まで迎えに行く、というのがそのお仕事です。横浜新道をやはりビート感あふれるエンジン音と小気味よいシフトチェンジで軽快に駆け抜けました。
宿命のアンダーステア
当時乗ってみて気付いたのは、ハンドリングがアンダーステアということ。もともとパワステのない通称「重ステ」なのでハンドルを切るにはそれなりに力が要ります。フロント荷重がないことや、リア175幅に対してフロント155幅と全体的にフロントタイヤが弱い設定なので、ハンドルを切っても曲がりません。
ハードにブレーキングをして、フロントに荷重を思いっきり移してハンドルをうりゃあ、と切ってようやくリアがブレークするかしないかのニュートラルステアになる頑固なアンダーステア、それがビートです。
その友人を含め皆で峠へいったら、長尾峠で見事にフロントから突っ込む自損事故。ライトとボンネットを壊したいわゆる「痛恨のアンダーステア」です。
その友人いわく「野間(のホンダ・シティ)が曲がっていったから、いけると思った」とのこと。そのシティとはジムカーナ仕様のGA2シティ CR-i でタイヤは175/60R13、オーリンズショックを入れていたコーナリングマシン。ビートの細いフロントタイヤと前荷重では無理というものでしょう。
その後シティで使っていた175/60R13のノーマルタイヤをそのビートに履かせてアンダーステア対策としていました。それほどビートとは基本、アンダーステアなのです。
今回の試乗車
あれから20年。
今回別の友人からお借りしたビートは、その友人の父上が大事に保管していたワンオーナーもの。基本オリジナルを保っていますが、曇りやすいビニールウィンドウはガラスに変更して幌は新品となっています。
タイヤはF155/65R13から 165/60R14、R165から 175/60R14と多少サイズアップ、銘柄はダンロップ・ルマンとハイグリップではなく、スポーティ・エコタイヤに留めているのが通好み。
ホイールもブリジストン R.A.P. 038といわゆるスーパーラップの前身で、当時の軽量高剛性モノ。ビートは標準が鉄チンホイールなのでデザインのマッチングも高く、こちらもまさに通ならでは。
内装ではステアリングがナルディに、シフトノブ変更されているくらいで、シートもゼブラ模様のノーマルです。
あの標準のスカイサウンドもそのまま、カセットテープとラジオのみです。
マフラーは無限製に変更、デザインのマッチングとサウンドの両立が計られています。
走行距離は6万キロちょっとと、比較的走っていません。このビートで高速道路、首都高速、山坂道を走ってみました。
これぞ、ビート!
20年前の印象はとにかくエンジン音がうるさく、進まない印象でしたが、まさにその通り。エンジンのレブリミットは9000回転、パワーバンドは9000回転から、と思うほどとにかく回さないと進みません。ダルなシフトしてたらそんじょそこらの背高軽自動車にすら置いてきぼりにされるほどのトルクの細さ。
6000回転、いや7000回転以上を常にキープして走るのがビートの基本。ちなみに5速3000回転で60km/hしかでず、100km/hでは5000回転オーバーというローギアードからも推して知るべし。
うなるエンジン、震えるボディ、気分はC1最速
この超ローギアードなギア比は、首都高C1はピッタリ。小気味よくシフトをつないで、エンジンを奏でながらコーナリングを楽しむことができるんです。それでも回りの暴走タクシーに、暴走トラックに震えながら走ることになるわけですが、それは別にタクシーやトラックが暴走しているわけではなく、ビートの絶対速度が圧倒的に低いことに由来します。そう、速くないんです。
体感速度が超速いために
「うぉぉぉ、すごい飛ばしているぜぇ!」
と思っても、実は制限速度以下。
うなるエンジン音に吹きすさぶ風、段差で震えるボディのおかげで体感速度は約2倍、と思えばわかりやすいでしょう。まさにカート的感覚。
じゃあこれがつまらないかというと逆逆。制限速度内でこれほどC1を楽しめるクルマは他にありません。
走っている感MAX
ひとたび山坂道に持ち込めば、ビートの真骨頂。重いステアリング、手強いアンダー、ABSはなくアシストが弱く重いブレーキと、現代車と比べると原始的ですが、そのプリミティブさにより「走っている実感」がものすごい伝わってきます。
20年前に気になったアンダーステアは健在、ハンドルを「ただ」切ってもすぐには曲がりません。しかしその「曲がらない」という感覚がダイレクトなステアリングからすぐさま伝わってきて、「失敗コーナリング」であることをフィードバックしてくれます。そう、クルマとの対話がここにあるのです。
ブレーキも同じ、アシストが弱く重いために思いっきり踏んづけないと効きません。ロックしないのかと思うほどですが、実際にはちゃんとロックするというか、無理な突っ込みをするとこれまた「痛恨のアンダーステア」、あの友人の事故と同じ「曲がらない、止まらない」ことに陥ります。
しかしこれはクルマが悪いのではなく、運転手が失敗しただけの話。突っ込みすぎなんですね。タイヤのグリップは有限なので、それを縦方向に使うか、横方向に使うか、そのバランスを探りながら操作しなければならないんです。
五感を研ぎすまし、視覚、聴覚、触覚、お尻のGセンサーを駆使してクルマの動きすべてを捉えること。それが肝心。そしてビートは本当によく運転手に語りかけてくれるから分かりやすいです。だから一人でワインディングを走っていてもさみしくないどころか、とても楽しい! クルマとの対話が豊富だからこそです。
ダイレクトなエンジンとトラクションMAX
3連スロットルが装備されたエンジンはダイレクトさとレスポンスが命。アクセルワークに即座に反応し、後ろ足で蹴ってくれます。
このビートにLSDは装備されないために上りのつらいコーナーではインリフト、トラクション抜けが懸念されましたがそんなことは皆無。その理由は「あえて」設定されなかったリアスタビライザーの恩恵。もともとリアスタビライザーを取り付けることを設計していたのが、接地性を損ね、ステアリング特性がUS/OS変化が激しくピーキーになるということで発売直前に外されたとか。
この接地性の高さとダイレクトなエンジンのおかげで、まるで小排気量のバイクで峠を走っているような爽快感がありました。
スリルとサスペンスがあるリスキーな走り
電子制御が一切装備されていないビートは、その走りの全責任をドライバーが負わなければなりません。タイヤのロック、アンダーステア、オーバーステア、そのすべてが公道ではリスキーです。そもそもミッドシップ車をアンダーステア傾向にセッティングするのはオーバーステア、スピンを抑えるため。だから手強いアンダーステアが基本セッティングなのです。
ではこのアンダーステアをどうにかできるかというと、できます。きちんと前荷重をかけて4輪でコーナリングをすればあら不思議、思い描いたコーナリングをすることができるんです。クルマが豊富にドライバーに語りかけてくれるおかげで、そのフィードバックをもとに修正をしていくと気持ちよく曲がって行けるんですね。
一方頑固なアンダーステアであったとしても、リアがでないかというと出ます、というか出ようとします。特に下り坂のS字やクレスト、不用意にハンドルを切り込みながらブレーキをかけようものならリア荷重がすっと抜けて、つま先立ちになる嫌な感覚があります。これは間違いなく無理したらリアから吹っ飛んでいくパターン。
そういう場所はステアを極力小さくする、荷重が抜けないようにブレーキ制御するなどのテクニックが必要になります。タイヤがルマンと超ハイグリップではない普通のスポーツタイヤのおかげで限界性能がつかみやすく、粘って粘って、やっぱオレシラね、とスパーンといってしまうハイグリップタイヤではないところに、オーナーがよくビートのことを理解していることが伺えます。
結局簡単にいうと、ビートは運転が下手な人は下手に、それなりの人はそれなりに走れる、まさに技量の鏡のようなマシーンでした。
ホンダ・ハンドリング
20年前には「アンダーステアでつまらない」と思っていましたが、当時の私のドライビングはまだまだ発展途上。今の方がずっと精神面でもテクニック面でも余裕があり、ビートの奥深さに改めて気付かされた格好です。
それに気付くのに20年もかかってしまいましたが、当時のホンダの技術陣がいかにクルマ好きで、どうやったら当時のテクノロジーで理想を達成できるのか知恵をこらしたことが今更ながら理解できました。これは名車と呼ばれるのも当然です。
当時のホンダはNSXを出し、F1でも活躍した黄金期。まさに輝かしい powered by HONDAです。それを象徴するビート、機会があったら是非乗って体感して欲しい1台です。
動画レビュー
動画でビートのサウンド、感動をどうぞ。
そしていよいよ次回、ホンダS660 6速マニュアルの試乗レポートへ。さて再評価はいかなる結果に?