主は人間で、従がクルマ。人とクルマの一体感とは:日産GT-R 水野和敏氏インタビュー(1)
2012.12.28日産GT-R 2013年モデル試乗レポートの最後を締めくくるのは開発責任者、水野和敏さんインタビューです。どんな怖い人かと思ってビクビクしていたら...ダジャレ好きのオヤジさんでした。しかしその瞳の奥には遠い地平の先まで見えているのでした。
これから数回に渡り、水野さんインタビューを元にインタビュアーの解釈も交えて紹介していきます。
【最新の日産GT-R、実はオールドファッション?】
一見最新技術てんこもり、サイボーグのようなクルマと思われがちな日産GT-R。しかし現代の車としては恐ろしいまでに古典的、従来技術しか使っていないのです。
4WS(四輪操舵)、可変スタビもない ステアリングもノーマル 電子制御ショックくらいしか使ってない
確かに従来の第二世代GT-Rで使われてきたSuper HICAS(四輪操舵)もなく、いまどきであればアクティブステアリングがあっても不思議ではありません。そういった最新技術がなくどうやったらこれだけのパフォーマンスを出せるのでしょう。
一にも二にもセッティング、タイヤ荷重の均等性の追求です。
タイヤにかかる荷重をいかに均等にし、最大のパフォーマンスを出せるか。0-100km/h加速、ブレーキング、そして気持ちのいいコーナリング、乗り心地、それらを一番ベストなグリップ荷重によって実現しているのです。
静止荷重、前後50:50の止まっているクルマが走りだしたら高性能、なんておかしい
BMWもホンダもマツダもFRスポーツは前後重量配分50:50がベスト、と標榜していますがこれはあくまでも止まっている時の重量配分のはなし。実際の車は常に加速、減速、コーナリングを行っており荷重は変化していきます。それなのに秤ではかって50:50になってさえすればいいのか? 確かに疑問は残ります。
私自身前後重量配分50:50のS2000をワインディング、サーキットで、FD3S RX-7をダートトライアルで走らせた経験からいうと、かなり難しいのです。前が逃げたり、後ろが逃げたり、スイートスポットが狭いというかなんというか。本当に50:50であればいいのかなあ? と疑問符が。
GT-Rの場合、実際に走っている時の接地荷重をいかに均等にできるか、コーナリング中は外側だけではなく内側のタイヤもグリップさせることで、ロールもおさえ、乗り心地もいいといったことはできないか、それを求めているというのです。
ロールしない、ガチガチの足回り、というのも鏡のようなサーキットの路面ではよいでしょうが、街中での乗り心地は最悪。乗り心地とコーナリング性能が相反してしまいます。しかし実際の街の道はニュルブルクリンクのように凸凹、継ぎ接ぎだらけ。硬い、ガチガチの足ではニュルも走れないし、街中も乗り心地が悪くなってしまいます。
しかしGT-Rの場合は足回りのセッティングを入念に行い、特にTRACK PACKではバネもショックもスタビもサーキット用に固めているといいます。しかしショックの動き出しの部分は逆にバイパスを倍緩めることで滑らかに動いて、あとでガチッとすることで、乗り心地はしなやかなのにコーナリング性能はアップしてます。
0-100km/h加速2.7秒、急制動体験:日産GT-R 2013年モデル試乗レポート(5)【ワンダードライビング】「ああ、あれね、バルブあけて初期の減衰逃がしてるんだよ」
なんでも標準モデルはスプリングに頼れないので減衰力を初期からあげている(つまりは硬い印象を受ける)けど、TRACK PACKはスプリングがしっかりしているので初期の減衰力を抜くことができるのだとか。
さらには
「乗り心地と操安性(操縦安定性)は両立するんだよ(ニッコリ)」
との弁。べ、勉強になります...後で確認してみたらスプリングもプログレッシブスプリングで初期のあたりを和らげつつ、高負荷では粘る作り。メーカーが本気で作ったサスペンションセッティングは懐が深いです。
つまり乗り心地とコーナリング性能は両立する、ということです。
ただ、これはカタログスペックには出てこないし、いわゆる「最新技術」とは違います。あくまでもセッティングであり、熟成であり、最高のグリップを得るために荷重を均等にするかという技術を5年間間断なく続けた結果です。そのためイヤーモデルチェンジを行い、マーケットにフィードバックしているのです。
軽いクルマは速くない
スポーツカーは軽量であればあるほどよい、というのが世の中の通説。しかし水野氏は軽量なのは絶対ではない、最適荷重、質量の必要性を説きます。
人はうぬぼれている、人は誰もが地球、宇宙の原理原則の中でしか生きられない。その原理原則とは質量であり重力である。質量が力に変わる、質量が軽ければ力がなくなる、例えばGT-Rのエンジンをマーチに積んだらどうなるだろうか、タイヤはグリップせず危険なだけで楽しさはない。
軽けりゃ速い、ではなく、タイヤ・ゴムとアスファルトの最高のグリップを発揮してこそ、速くなる。最新テクノロジーこそ原点に戻るべき、アクセサリーを作っているのが最新テクノロジーではない、我々は質量の中で生きているのだ。
一体になれるということ
では最適荷重となった時に何が起きるのでしょう? 感性と合う、いわゆる一体感が生まれます。
ツーといえばカーといえるのが友達。共感性がとても大事。
主は人間で、クルマは従の関係。
もしクルマにクセがあり、それを「乗りこなす」ことがクルマを操ることと思っているのならそれは誤解。クルマに操られているだけで、主従が逆になっている。
自動車評論家は(クルマのクセのことを)味だなんだというけど、問題は車両重量に関わらずドライバーの頭の中で描いたイメージどおりにクルマが動くかどうか、一体になれるかどうかが重要。
R35 GT-Rの巷での評判はクルマが勝手に操作する、運転している感覚が薄いということでしたがそれとは真逆の考え方。さて実際にはどうなのでしょうか?
少なくとも私が2012年モデル、2013年モデルを試乗した限りはハンドリングにまったくクセはなく、ステアリングもミッションもアクセルレスポンスも自然でした。おそらく巷の評判は初期型のもので、その後5年に渡るイヤーモデルチェンジで、水野氏の理想とするイメージどおりに動くGT-Rになっていったのではないかと推測されます。
そうであれば巷の評判で耳年増になってしまうより、実際に最新モデルに乗り、その目で、その腕で確かめてみるのがベターでしょうね。
(つづく)
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